※当記事は2025年7月の内容です。
信託契約(家族信託)をはじめとする公正証書は、従前、紙の原本で作成していました。しかし、本年(2025年)秋(10 月)から、原本が電子証書に大転換します。公証役場の電子化は、これまで定款等の電子認証が先行していました。定款については電子と紙とで選択することが可能でしたが、公正証書は、若干の例外を除き、全面的に電子証書に移行します。避けて通ることができない道です。専門用語もありますが、イメージだけでもつかんでください。
非常に簡単にいえば、当事者の署名押印が、電子ペンでの署名に代わるだけ(銀行などでタブレットに電子ペンで署名するイメージ)ともいえます。
電子公正証書は、①当事者が公証役場に来てもらって作成する場合(役場対面方式)、②公証人が出張先で、タブレットパソコンに署名してもらう場合(出張対面方式)のほかに、③公証人は公証役場に在席したままで、当事者のみがリモートでタブレットパソコンに署名する場合(リモート方式)があります。北海道所在の委託者と九州所在の受託者とが、東京の公証役場の公証人との間で信託契約の作成についてテレビ電話でやり取りするようなイメージです。
九州の士業者の事務所(受託者が列席)や北海道のコーディネーターが委託者自宅(委託者が列席)において、事務所やコーディネーターが用意したタブレットパソコンに当事者が電子ペンで署名するということも可能です。なお、遺言の場合、立会証人は、公証役場待機型でもリモート現場待機型でも問題はないとのことです。
ここでは、③のリモート方式について説明していきます。①や②の方式は、公証人が面前にいるため、公証人の誘導に従って公証役場のタブレットを使用して作成すれば足ります。しかし、③のリモート方式は、当事者側の主体的取組が必要です。
1 リモート方式による電子公正証書の作成
リモート方式は、公証人が現場に同行していませんので、当事者自らがタブレットパソコン操作(画面に署名をするため)をしなければなりません。しかし、署名は意外に難しいですし(低品質なタブレットでは名前がうまく書けない)、パソコン操作も分かりにくいです。慣れればそうでもないのですが、初めての人では困難です。士業者・コーディネーターなどの手助けが必須になります(日本公証人連合会のホームページで操作動画が出るので、士業者やコーディネーターは必見)。
リモート方式が成立する条件が3つあります。
① 当事者(列席者側)で、電子サインが可能なパソコンを用意でき、通信環境が整備されていること、
② 当事者がリモート公正証書作成申出書を提出し、他の列席者の異議がないことを確認できること、
③ 公証人が相当と判断したこと、
この3つです。公証役場と当事者とのやり取りは、Microsoft Teams を通じて行われます。
このうち、③の公証人が相当と判断する基準ですが、当事者が公証役場に赴くことが困難であること(必要性)と、当事者の本人確認・真意の確認・判断能力の確認等が容易であるか(許容性)の双方から判断されるようです。当事者が出頭も署名不可であるような場合、リモート方式はできず、従前と同じ出張対面方式一択になります。
2 リモート方式の準備
リモート方式といっても、最初の段階は、今までの紙の公正証書の準備とほとんど同一です。まず、当事者から公証人に対し、公正証書の作成依頼をします。同時に、リモート方式を希望する旨の申請(書面又はメール等)をします。そして、公正証書の当事者案文と本人確認書類の写しを送付します(持参、郵送、ファックス、メール等)。リアル面接(当事者の全員若しくは一部の方又はその代理人が公証人と面談して相談)をする場合もあると思います。リアルの場や電話などで、当事者側とリモート方式にしなければならない事情や本人の判断能力・意向を確認したりします。
次に、公証人において、当事者の案文に基づいて Word を用いて公正証書案を起案します。Word 一択ですので、当事者側もあらかじめ Word で起案・送信していただくと公証役場は大変助かります。公証人は、起案に際し、外字対応できる「IPAmj 明朝フォント」(文字情報技術促進協議会。6万字に対応可能)を使用する予定です。当事者側でもメールなどで送付する場合、このフォント(無料)に統一しておくのが良いと思います。IPAmj 明朝フォントにもない外字の場合、近似する漢字(同一性が認められるもの)を用いることになります。
このようにして公証人が当事者側の意向を踏まえて起案し、当事者に送付されます。当事者は、これを確認することになります。
修正申出がない場合でも当事者から公証人に対しその旨の連絡をします。公正証書の内容が確定すると、その案文を当事者に改めて送付等し、併せて公正証書作成日時の調整をします。作成日時が決まると、公証役場からは、Teams 会議予約を設定して、列席者にゲスト招待メール(テレビ会議のURL)を送信します。
当事者は、通信環境、パソコン、タブレットが正常に動くかを再チェックして公正証書作成日に臨みます。
3 公証役場側の準備(公証人と書記とで準備)
公証人・公証役場側の準備の概略ですが、公証人は、「署名シグネチャ」のテキストタグを設定しておきます。これは列席者の署名をもらう箇所です(署名を設定する場所を案文の中に設定する作業)。公証人は、自分のパソコンから、「Exchange サーバ」に証書案を送信します。それから、各公証役場内の電子公正証書専用のパソコン(以下「専用PC」という。)を立ち上げ、「Exchange サーバ」から証書案をダウンロードします。そして、「e-Hokan」(電子公正証書保管専用システム)から証書番号を採番します。これで、専用PC内に電子公正証書案が入りました。
要するに、自分のパソコンからいったんクラウドに上げ、そこから各公証役場の専用PCに下ろすという作業になります。その専用PCを用いて、当事者側とやり取りをします。正式な電子公正証書が完成した後に、専用PCを用いて電子公正証書の永久保存手続に至るわけです。
4 電子公正証書作成当日の流れ
公証人は、専用PCから証書作成時刻までに Teams 会議を立ち上げます。当事者は、ゲスト招待メールから Teams ビデオ会議に参加します。
公証人は、列席者の本人確認を行います。本人確認は、従前と変更がない予定です。印鑑登録証明書、運転免許証、マイナンバーカード又はパスポートと住民票などを提示し、本人の氏名と生年月日を確認する(公証人がキャプチャ画像を撮影)ことになります。同様にして、本人、当事者のキャプチャ画像も撮影します。なお、遺言の場合、周囲に遺言者に圧力をかけそうな第三者がいないかを確認するために、当事者カメラで撮影してもらうことがあります。
その後、証書案の確認作業をします。公証人は、Teams のテレビ会議画像で Word 証書案を画面共有します。列席者に確認を求め、又は読み上げた上、必要に応じて修正し、これでよければ、Word 証書に採番で得た証書番号を記入します。その上で、Word 証書を PDF 化して証書を完全に固定(変更不可に)します。別紙図面等があれば、これも PDF 文書にしてもらい、PDF 結合を行って一体化させます。
公証人は、ここで署名依頼アプリ(Adobe Acrobat sign)を立ち上げます。専用PCから、Adobe Cloud にアップロードし、署名欄(シグネチャ設定をした箇所)に当事者の署名を依頼します。当事者は、署名アプリの画面に署名します。タブレットによっては、この署名が容易ではないことは前述のとおりです。
具体的には、当事者のパソコンにおける PDF 証書の「記名シグネチャ設定を埋め込んだ箇所」に列席者にタッチペン(電子ペン)でサイン(署名)をしてもらうのですが、その操作方法は、公証人の指示に従ってください。公証人の指示だけでは分かりにくいため、「共有ボタン」とか、「共有解除のボタン」の位置とか「ボタンを押すタイミング」について士業者が当事者に教示する必要があります。当事者は、初めての人がほとんどです。
適宜、士業者やコーディネーターがフォローしてください。うまくいくと、公証人が必要な操作をして、公証人自身の電子サインをして PDF での電子公正証書原本を完成させ、同時に Adobe Cloud に保存します。
5 電子公正証書原本作成後の手続
公証人は、Adobe Cloud に保存された PDF 証書原本データを専用PCにダウンロードした上で、これを e-Hokan で Share Point の案件フォルダに保管します。このダウンロードデータを用いて、正本・謄本を作成するのですが、当該 PDF 証書の MDF 署名と官職署名とを非デジタル化したものを作成し、これを e-Hokan で Share Point のサブフォルダに保存します。
電子公正証書の正本・謄本の作成には、紙の場合と、電子の場合の2つあります。紙の正本・謄本の場合は、従前とほとんど同じです(後ほど公証役場から郵送)。電子公正証書では、電子正本・電子謄本も可能です。金融機関や法務局などで電子対応が可能になった場合には、電子正本・電子謄本を用いる可能性があります。この場合、公証役場は、認証文付与アプリで専用パソコンのデータを用いて PDF 化し、公証人の電子サインと官職署名を付して当事者に電子交付します(電子正謄本の手数料は枚数に関係なく、1件につき2500円の予定)。
信託契約公正証書への影響
リモート方式は、出張が困難であると思われた場所での作成ができたり、信託に詳しい公証人を全国から選択できるようになります。士業者の事務所で公正証書を作成することが常態化するかもしれません。
他方で、当事者がタッチペンの署名に耐えられなかったり、高齢者の中にはパソコン操作を忌避するような人も出てくるでしょう。色々なトラブルが発生するでしょうが、公証役場と当事者が協力しながら乗り切っていけたらと思います。
電子公正証書の運用は、今後、取扱いが変更されることがあります。本稿は、執筆時点において筆者が収集した情報に基づくものであることにご留意いただければと存じます。